素粒子ニュートリノが光よりも速く飛ぶとする衝撃的な実験結果の波紋が広がっている。国際共同研究に参加した名古屋大チームは26日、同大で報告会を開催。実験手法の信頼性を強調する一方で、物理学の常識を覆す結果に困惑をみせた。専門家の間でも懐疑的な見方が少なくなく、議論は長期化しそうだ。
実験はスイス・フランス国境にある欧州合同原子核研究所の加速器からニュートリノを発射し、イタリア中部の研究所で検出。両研究所の時計をGPS(衛星利用測位システム)で正確に合わせ、地下を通過する速度を計算した。
「時計は本当に合っているのか」「GPSを使うことに問題はないのか」。報告会では、信頼性の前提となる時間計測に質問が相次いだ。
名古屋大の小松雅宏准教授は「そのようなことはすべて議論を尽くした」と自信を示す一方、「われわれがどれだけ勇気を持って公表したか考えてほしい」とも述べ、結果の重大性に戸惑いを隠さなかった。
アインシュタインの特殊相対性理論によると、質量を持つ物体の速度が光速を超えることはない。ニュートリノはわずかだが質量を持っており、実験結果が正しければ、現代物理学を支える相対論を根底から覆すことになるからだ。
研究チームは実験結果の検討を3月に開始。8月末にはスイスに1週間泊まり込みで検証し「どうやっても駄目か」と、むしろ結果が否定されることを望むような雰囲気だったという。
チームの中村光広准教授は「結果は確信できるが、精神的な抵抗はあった。物理学者として深い淵をのぞき込んでいるようだ」と心情を明かす。発表に踏み切ったのは、「自分たちはやり尽くしたので外部で検証してほしい」(小松准教授)との思いからだった。
日本でも茨城県東海村から岐阜県飛騨市までニュートリノを飛ばす同様の「T2K」実験があるが、精度を大幅に向上させないと今回の検証は難しい。
T2K実験を率いる高エネルギー加速器研究機構の小林隆教授は「実験のどこかに抜け穴があるのではないか。相対論の正しさはGPSや他の粒子実験で日常的に観測されており、そう簡単に覆るものではない」と否定的だ。
相対論に詳しい京都大の中村卓史教授も「素粒子物理学では『大発見』と騒がれて消えていくものが結構ある。まだ相対論の見直しを議論する段階ではない」と話している。